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和歌山地方裁判所 平成7年(ワ)601号 判決 1997年5月26日

主文

一  被告は、原告に対し、金二一九五万三九五五円とこれに対する本判決確定の日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  参加人の請求を、いずれも棄却する。

四  訴訟費用のうち、本訴事件についてはこれを一〇分し、その二を被告の、その余を原告の負担とし、参加事件については参加人の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一  本訴事件

1  被告は、原告に対し、金二億七一五〇万七二八九円及びこれに対する平成七年六月二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  参加事件

1  原告の請求にかかる債権金二億六四〇三万五六三七円が参加人に帰属することを確認する。

2  被告は、参加人に対し、金二億六四〇三万五六三七円を支払え。

3  参加による訴訟費用は、原告及び被告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  本訴事件請求の原因

1  原告は、乙病院、甲病院を経営する医療法人であるところ、被告(海南駅前支店扱い)に、次のとおりの預金(以下右預金全体を「本件各預金」という。)をし、平成七年三月二二日時点での預金額は次のとおり合計二億六四〇三万五六三七円であった。

普通預金 一五八三万七〇三七円

当座預金 三二一万六四九一円

定期預金 二億〇七九八万二一〇九円

定期積金 三七〇〇万円

2  原告は、被告に対し、平成七年四月一一日に被告に到達した書面で十五日以内に本件各預金を返還するよう催告した。

3  本件各預金の額は、その後の出入りや利息の付加などにより変動を生じ平成九年四月一日時点では、次のとおり二億七一五〇万七二八九円である。

普通預金 四六万〇六二五円

当座預金 二一四九万三三三〇円

定期預金 二億一二四九万四五九七円

定期積金 三七〇五万八七三七円

4  よって、被告は原告に対し、右預金二億七一五〇万七二八九円とこれに対する本訴状が被告に到達した日の翌日である平成七年六月二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の請求の原因に対する認否と主張

1  認否

請求の原因1乃至3は認める。

2  主張

(一) 預金証書などの不提示

原告に被告に本件各預金の払戻しを請求するに際し、本件各預金の証書・通帳・届出印鑑、これを押印した払戻請求書を提示・提出しなかった。

また平成七年四月一一日到達の書面による通知を前提とする払戻請求の際も同様である。

このような場合、銀行は払戻しを拒絶でき、遅滞の責任を負わない。

(二) 弁済供託

本件各預金のうち定期預金二億一二四九万四五九七円及び定期積金三七〇五万八七三七円につき、平成八年七月三一日に供託した。

(三) 権利濫用

本件各預金取引は一〇年前後継続し、その間に行われた多数の預け入れ、解約などはすべて参加人が行ってきたものであるところ、突然被告社員において面識のない原告理事長が、本件各預金の証書等の提示をすることなく、本件各預金の届出印の改印を申し入れ、被告がこれを拒絶すると払戻しを請求したものである。

また原告の預金であれば容易に右通帳などを提示できるのにこれをしなかったものであるから、仮に被告に遅延の責任があったとしても遅延損害金の請求は権利の濫用である。

三  被告の主張に対する原告の反論

1  銀行は、自らの判断で預金の帰属者を判断すべきところ、通帳などの提示を求めるのは、不特定多数の預金者を相手とする銀行が容易にその預金の帰属者を判断することができるようにするためである。

しかし被告は、原告の払戻請求の当時、本件各預金が原告に帰属するものであることを認識していたのであるから、原告の改印や払戻しについては通帳などの提示を求めることなく、比較的容易に判断できたものであり、右判断に従って処理すべき義務がある。

2  被告の供託は、債権者不確知を理由とするが、債権者不確知の事実はないから供託原因がなく効力がない。

3  被告は、本件各預金が原告に帰属するものであることを認識し、もしくは認識しうべかりしものであったのにこれを認識せずに払戻しに応じなかったものであるから、権利濫用の主張は理由がない。

四  参加事件の請求の原因

1  前項一の1の本件各預金は、参加人が被告に預けたものであり、右預金の返還請求権は参加人に帰属するものである。

すなわち甲病院は、便宜上原告の名称を使用して届出などの処理を行っているが、参加人が経営しているもので、人事も経理も原告とは別個独立した個人病院であり、本件各預金は、参加人が甲病院などの資金を便宜上原告の名称で被告に預けたものである。

2  参加人は預金証書や届出印を保管してこれを管理・処分してきたものであり、原告は、従前、本件各預金の管理・処分について権利を主張したことはないのに、原告が経営する乙病院の経営が悪化したことから、原告に権利が帰属すると主張するに至ったものである。

3  よって本件各預金が参加人に帰属することの確認とその返還請求を求める。

五  参加事件の請求の原因に対する原告・被告の認否と主張

1  原告

(一) 請求の原因は否認する。

(二) 甲病院は、原告理事長Aが昭和四三年に開設し、昭和五四年三月二八日に原告設立と同時に右個人病院を原告の病院としたもので、開設者は原告である。また被告との銀行取引約定契約も同日に締結している。預金の原資はもっぱら甲病院の診療報酬であり、その使途も甲病院の経費である。なお別件訴訟で参加人は甲病院は原告の病院であることを認めている。

2  被告

請求の原因は1は不知、同2は参加人が預金証書などを保管し、預け入れ、解約などをしてきたことは認める。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の各証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  当裁判所の判断

一  本件各預金の帰属について

1  <証拠略>によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告代表者と参加人は、昭和三三年に結婚し、長男U、次男Vをもうけた夫婦であり、現在、Uは甲病院の院長として、Vは乙病院にそれぞれ医師として勤務している。

(二) 原告代表者は、昭和三一年に医師となり、昭和四三年六月に原告の事務所所在地に「甲病院・整形外科診療所」を開設し、同五〇年に右診療所を病院として名称も「甲病院」と改め、昭和五四年三月二八日、右甲病院を法人化するため、原告代表者、参加人などを社員として原告を設立して理事長となり、現在まで理事長を務め、参加人は、原告設立当初から現在まで原告の理事に就任し、二人の子供も現在は原告の理事である。

なお、原告の定款によれば原告を代表する者は理事長であり、理事には代表権がない。

(三) 原告は、昭和五五年に乙病院開設を企画し、同五七年一〇月に大阪府和泉市<略>に「乙病院」を開設した。

(四) 原告代表者は、甲病院に勤務していた医師などと紛議が発生し経営が苦しくなったことなどが原因で、昭和六一年ころから、乙病院の診療や経営に没頭するようになり、甲病院に出入りすることもなく、自宅にも戻らず参加人とも別居状態となって、甲病院の経営について指示も判断も行わなくなった。このため参加人は、漸次、甲病院の経営全般に関与して、懸案事項につき判断して処理するようになり、人事・経理の処理なども乙病院とは別に行うようになった。もっとも厚生大臣に対する決算報告や税務申告などは、乙病院と一体の決算書を作成して届け出るなど対外的な届出などはすべて原告名義で行っていた。

そして現在に至るまで甲病院を原告から適法に分離独立させる手続きは行われなかった。

(五) 原告代表者は、被告との間において個人病院の当時から取引をしており、その法人成りである原告の設立と同時に被告との間に銀行取引約定を締結し、当座預金など各種の預金取引も行った。この際被告には理事長印を届出印鑑とした。

右預金の預け入れなどは経理担当者Wがこれを管理し、理事長印は原告代表者が保管していたが、Wも原告代表者と共に乙病院に行き、甲病院の経理を顧なくなったこともあって、前記のとおり参加人が甲病院の経営につき関与するに至り、参加人は、理事長印とは別の「A」と刻印された印鑑を被告に届け出たうえ、甲病院の預金証書・通帳や届出印鑑を保管すると共に、甲病院の診療報酬等の預け入れや預金の払戻し、預金の解約や新規開設などの手続きも行ってきた。なお理事長印は原告代表者がその後現在まで保管している。

(六) 本件各預金には、甲病院の診療報酬などが預け入れられ、本件各預金の払戻金は、甲病院の経費に使用されている。

(七) 参加人は、原告から役員報酬のほかに賃借料を受けとっており、右金員は本件各預金とは別に被告に預けているが、右以外に参加人個人の収入はない。

2  右事実を総合すると、参加人は、甲病院の経営判断を回避するに至った原告代表者になり代わり、漸次、原告の理事としてその経営判断に関与すると共に、右病院の収入などの経理や本件各預金の管理・処分を行うに至ったものであり、本件各預金はすべて甲病院の収入を預けたものであり、右病院が原告から分離独立して参加人個人の所有に帰したものとは到底認められないから、本件各預金は原告に帰属するものであると認められる。

参加人は本件各預金は参加人個人のものであると主張し、これに沿う供述をするが、<証拠略>によれば、参加人は原告との交渉や、参加人を被告とする本件各預金の届出印鑑や通帳・証書の引渡請求訴訟(当庁平成七年(ワ)第二二八号・同五二〇号事件)において、本件各預金が原告に帰属することを認める趣旨の答弁をしていることと対比すると、右供述をただちに採用できず(参加人が借金をして甲病院の経費に充当したことは認められるが、<証拠略>によれば原告の借入金として処理されており、右預金の提供から甲病院が参加人個人に帰したものといえないことは言うまでもない。)、他に本件各預金が参加人に帰属することを認めるに足る証拠はない。

二  原告の請求について

1  本訴事件の請求の原因については、当事者間に争いがない。

2  <証拠略>、本件記録によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件各預金の約款には、払い戻すときまたは解約をするには、被告所定の払戻請求書に届出の印章により記名押印して、あるいは右印章を通帳・証書とともに提出することが定められ、銀行実務においては印章喪失以外の理由で改印届をする場合は、通帳・証書と届出印章の提示を求めると共にその理由を認識しており、右実務は慣行として定着しており、原告も右約款の存在と実務慣行を知悉していた。

(二) 原告代表者は、経理担当者を伴って平成六年一〇月二七日に被告海南支店を訪れ、本件各預金のうち口座番号<略>の定期積金の届出印章を原告の代表者印に変更する旨の改印届を、原告の商業登記簿謄本、原告代表者の印鑑証明書とともに提出した。

当時の被告の行員には、原告代表者や同伴した経理担当者と面識を有するものはおらず、また本件各預金取引は、一〇数年来、もっぱら参加人が行い、それまでの間原告代表者や同伴した経理担当者が対応したことはなく、乙病院の存在を知る者もいなかった。

(三) 右訪問により初めて原告代表者と応対した被告窓口行員やS次長は原告代表者に対し、通帳などの提示がないことを理由に改印できない旨こもごも説明した。

しかし原告代表者は、右説明に納得せず、S次長に根拠を示すよう求め、S次長が資料を取りに行っている間に乙病院の電話番号を告げて帰った。S次長は、その後右電話で原告代表者に病院の住所を聞いたうえ原告代表者に改印届等を郵送した。

(四) 同年一一月一日、右S次長は原告代表者に改印届を受け付けできないこと、参加人に右改印の件を連絡すること、原告代表者と参加人との協議の希望を伝え、さらに参加人を訪問して右経緯を説明した。参加人はS次長に対し、原告代表者との間で、甲病院の経営は参加人が担当する旨合意していたこと、本件各預金は参加人のものであり原告のものでないことを主張し、原告に対し預金の払戻し等に応じないよう求めた。

(五) 原告は、被告に対し、平成六年一二年八日到達した書面で改印届の受理と通帳・証書の再交付を請求し、以後平成七年一月中旬までの間、原告は右要求を、被告は証書などの提示を求める書面を交換した。

他方、原告は、参加人に対し、平成六年一二年八日到達した書面で届出印、通帳・証書の返還を求め、以後参加人の代理人弁護士笹山利雄との間で、平成七年三月三一日まで書面などを交換した。

(六) しかし円満解決にいたらず、原告は、平成七年五月二四日、参加人を被告として本件各預金の届出印章引渡請求訴訟(当庁平成七年(ワ)第二二八号事件)と本件本訴事件訴訟を、続いて参加人を被告として本件各預金の通帳・証書引渡請求訴訟(当庁平成七年(ワ)第五二〇号事件・前記二二七号事件と併合審理)を提起し、参加人は、平成七年一一月二九日、本件本訴事件に当事者参加して、本件各預金は参加人に帰属する旨主張した。

(七) 被告は、本件各預金のうち定期預金二億一二四九万四五九七円及び定期積立三七〇五万八七三七円(いずれも供託日までの約定利息を含む。)につき、平成八年七月三一日に供託した。

なお、原告は、その余の預金については、甲病院の経費に使用する必要があるため、被告が参加人側の払戻しに応じて支払いすることを承認し、被告はこれにより一部払戻しをしている。

3  ところで、本件各預金の法律上の性質は、いずれも指名債権であり、本件各預金の通帳・証書は証拠証券であってそれ以上の意義は有しないから、債務者である銀行は、民法四一二条によりいずれも預金者からの払戻しの請求があった日から遅延の責に任ずるものと言える。

4  しかしながら、そもそも銀行は、多数の預金者を相手にして迅速に取引を行わなければならないものであり、また預金の預け入れに際し、預け入れた者と名義人が一致するや否や、ないしはその事情を調査する義務がないものである。

したがって預金の払戻しを請求する者は、自己が預金者であることを証明する義務を負い、また銀行は自らの責任で真の預金者を判断して払戻しをする義務を負担する。そして銀行が右判断を誤って非預金者に対して払戻しをした場合には、原則として真の預金者に対して免責を主張できず二重の支払をしなければならず、また請求者が真の預金者であるに関わらず払戻しをしなかった場合は遅滞の責任を負うこととなるのである。

その預金者と銀行の双方の責任を調整する方法として、払戻しを請求する者に対して通帳・証書等の提示を要求し、原則としてこの提示のある者に対する弁済をもって銀行が免責されることとする約款が定められており、右約款は合理的なものである。

この約款によれば、払戻しを請求する者は、証書等の提示をすれは、真の預金者であることを疑わせる事情のない限り、他の資料をもって真の預金者であること証明する必要がなく、また銀行も通帳などの提示がある場合は、他に真の預金者であることを疑わせる事情のない限り、右提示者を真の預金者と判断して払戻しをして免責されるのである。

このように通帳などの提示は、真の債権者の判断をするためには銀行実務上極めて重要な証拠資料といえるから、払戻しを請求する者は、通帳などの提示をしない場合は、他の資料をもって真の預金者であることを証明すべきであり、これをしない場合は銀行から支払を拒絶されてもやむを得ないものというべきであり、また銀行は、右提示のない払戻しや、その他の方法でも預金者が判断されないときは支払いを拒絶できるものというべきである(銀行は、この場合でも自己の責任で支払をすることができることはいうまでもない。)。

これに反し、通帳などの提示をしないで請求をしても、銀行が常に遅延の責任を負担するとなると、本来払戻請求者が負担する債権者であることを立証すべき義務を、銀行に転嫁することとなり極めて不合理である。

このように、合理的な理由がなく通帳などの提示をしない請求は、他の方法で預金者が判断できない限り、銀行実務上は誠実な請求とは認められず、右請求の時から遅延損害金を請求することは、銀行がその他の資料によって容易に預金者で判断できる場合を除いては、原則として権利の濫用であって認められないというべきである。

そしてこのような場合は、訴訟において請求者が真の預金者であることが確定して初めて遅延の責を負うものと解するべきである。(なお右のように解したとしても右確定までの預金の約定利息の支払義務までも免除されるものではないから、債権者にとって特別不利益はなく、また不当に銀行に利益を与えるものでもない。)

5  前記認定のとおり、本件各預金の契約においても、各預金の払戻し・解約をする場合には、通帳・証書とともに届出印章などの提示をすることが約款として定められ、かつ右は実務慣行でもあり、原告も右約款の存在や実務慣行を知っていたものである。

そして原告は、本件各預金が自らの預金であるから、その通帳・証書や届出印章をたやすく被告に提示できるのであり、右通帳などが紛失、焼失など合理的な理由により提示できない場合はともかく、しからざる場合は、右約款に基きこれらを提示の上請求・解約をすべきである。

にもかかわらず原告は被告の再三の求めに関わらずこれを提示しなかったものであり、またその原因は原告の理事である参加人が原告代表者に交付しないというものであって、被告との関係では何らの合理的な理由に該当するものではない。

さらに前記認定のとおり参加人は、被告に対し、当初から原告に対する支払を拒絶するよう求め、参加人に権利や権限が帰属する旨の主張をしていたこと、被告は一〇数年来、参加人を相手として取引をし、原告代表者等と面識を有していなかったことなどの事情からすると、被告としては二重支払の危険性がないでもなく、被告が、通帳などの提示のない原告を真の預金者として立証がないと判断して支払を拒絶したことには相当の理由がある。

そうすると原告の請求後である本訴状送達の日の翌日から本訴確定までの間の遅延損害金の請求は、権利の濫用であって認められないというべきである。

6  そして前記認定事実に、通帳などを所持している参加人が本件訴訟に参加して、本件各預金を自己に帰属していると主張している以上、被告としては債権者を確知する事はできないものというべきであるから、右を原因とする被告の供託は有効であって、原告の請求のうち右供託部分は理由がない。

三  結論

以上によれば、参加人の請求はいずれも理由がないから棄却すべきであり、原告の請求は、普通預金四六万〇六二五円、当座預金二一四九万三三三〇円とこれに対する本裁判確定の日から支払済みまで商事法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九二条、九四条を、仮執行宣言については必要ないものと認めこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

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